Historiography.2 =映画公開直前まで= |
さて,1982年段階で,1〜4話の撮影が終了し,5,6話のシナリオ,絵コンテが上がっていた「シャーロック・ホームズ」(仮題)でしたが,1983年になっても製作が再開される兆しは見えませんでした。 ところが,宮崎駿の連載漫画,「風の谷のナウシカ」がアニメ映画化されることが決まり,急遽,「ホームズ」が同時上映作品として公開されることが決まりました。(公開日は,翌1984年3月11日) そこで,アニメ各誌でも,ホームズが取り上げられるようになってきました。特に,「ナウシカ」を連載していた「アニメージュ」では,ナウシカ特集と共に,ホームズも大きく取り扱われるようになりました。・・・・1983年は,ホームズについては殆ど取り上げられていなかったのですが,1984年になって,急に取り上げられるようになったのが,実際のところでした。 |
アニメージュの1983年1月号(1982年12月発売)と思われる中の特集。これもフィルムコミック仕立てでの紹介である。最後のページに,宮崎駿,友永和秀,丹内司らの短いコメントが記してあり,友永・丹内両氏の「これだけの作品なのだから,何とか陽の目を見させたい」という想いが印象的であった。宮崎氏は”自分の思いとスタッフの想いの差”に悩む様子が伺えた。この後,ホームズは一時アニメ誌から,しばらくの間姿を消すこととなるのである。 |
1983年12月発売の「アニメージュ1月号」の表紙。ここでいきなり「名探偵ホームズ」の題で「青い紅玉」,「海底の財宝」の2本が,「ナウシカ」の併映作品となることが明らかにされた。いきなりの表紙登場に驚いたファンも多かったはず。原画は友永和秀+田中敦子,背景は山本二三。ここだけの話だが,友永氏はストーリーボードやこの表紙,また,「アリン」の登場する回辺りまでは,こんな格好いいホームズを描いていたのに,TV放映後発売されたビデオやLDジャケットの絵は,とても見られたもんぢゃない,と思ったのは儂だけではないはず。 |
上記のアニメージュ1月号の特集記事と思われる。「青い紅玉」「海底の財宝」の見所,製作スタッフ,動画枚数,今までの経緯などが紹介されている。 この時点ではまだ声優は決定しておらず,音楽が村松邦男,主題歌は桑名晴子が担当することが決まったということが紹介された。また,各キャラクターの名前も紹介されている。だが,なぜモロアッチ,エリソン夫人,レストランと警部に変更されたかについては,言及されていない。(実際の所は,著作権絡みで,映画上映時点ではシャーロックやモリアーティの名前が使えなかったらしい。実際,映画のエンドクレジットには,『この作品はコナン=ドイルのとは関係ないよ〜ん』とのテロップが流れていた) なお,スタッフのコメントの中に,「1884年の4月からテレビ放送が開始されそうです」とあったが,ご存じ通り,実際には始まらなかった・・・・・・。 |
今は亡き,「マイアニメ」1月号の記事。さすがにアニメージュと比べると,扱いが小さいですね? 警部の名前も「レストレイド」のままです。 「なにやら追跡中のおなじみ3人組み」が,なにやら哀愁を感じます。 |