Gust-KP (ガスト ケイプ)
 #The Intermission
Side.1 “Studhorse”
 「マティ。ガスト探して呼んでこいっ! こいつは俺らにゃどうしようもねぇ!」
「ガスト・・・・さんですか?えぇと・・・・・・」
マティと呼ばれた若い技師は困惑した。
新鋭の自動車会社であるコルドン=モータスから,マックベインの飛行場に出向を言い渡されて5日と経っていない。
飛行場で働く男達の顔と名前が一致しないのは当然であった。
「ガスト=ケイプだ。お前さんと同じ技師さんだよ」
「はぁ・・・・で,そのガストさんはどこに?」
「どこにいるか分かんねぇから探してこいって言ってンだよっ!! さっさと行けっ!」

 コルドン=モータスに就職して3ヶ月。研修の意味で出向を言い渡されたにしても,ここの環境はひどかった。
誰も彼も言葉遣いが乱暴で,粗暴で横柄で,その上 喧嘩っ早いときている。
ことにマティが従事しているデュランという整備士は厳しかった。
「ガストったって,顔が分からないんじゃ,探しようがないじゃないか?」
仕方無しに先程まで仕事をしていたB格納庫を出て,A格納庫に向かった。
A格納庫に入ると,数人の男達が,木箱に腰掛けながら談笑しているのが見えた。
話の中心になっているのはトミィという男だった。
マティはここへ来たときからこの男が好きではなかった。
何処が嫌い,というものではなく,生理的に受け入れないタイプだと思った。
どうやらこのトミィがこの飛行場の中心的存在らしい。
この男であれば,ガストと呼ばれる男の居場所も知っているだろう。
仕方無しに声を掛ける。
「あの,すみません。ガストさんを探してるんですけど」
「あぁ,ガストぉ?
トミィ達が一斉に振り向く。
こんな時,やはり自分はここには馴染めないとマティは思う。
「デュランさんが,ガストさんを探してこいって・・・・・・」
「あ?あぁ,お前。マティって言ったっけ? ガストならすぐ外のベッドで寝てるよ!」
トミィはそう言うと,マティに背中を向けて,再び仲間と談笑し始めた。
マティはまた困惑した。
「すぐそこのベッドって・・・・?」
しかし,もう一度トミィ達に質問をする気にはなれなかった。
かといって,こんなことで,この飛行場の責任者であるマック=ベインに迷惑を掛ける気にもなれなかった。
「飛行機乗りってのはな,少々変わった連中が多いから戸惑うことも多いと思うが,つき合ってみれば皆気のいい奴ばかりだ。きっと君にとってもプラスになることと思う。まぁ,困ったことがあったらいつでも相談に来なさい」
マック=ペインはそう言うが,そんな言葉も社交辞令だと思ってしまうのがマティだった。

「ここへ来てまだ3日かそこらじゃ,分かるわけないよな?」
呆然としていたマティの肩を叩いたのはヒューイ=ファードックだった。
人当たりの良さそうな顔。
この雑然とした飛行場の中で,マティは唯一この男だけは好きになってもいいかと思っていた。
(ただ,いつもこの男の体から女の匂いがするのだけは気に入らなかった。“こいつらみんな,空への憧れと女を抱くことしか頭にないんだ”,とマティは思う)
「ガストのベッドっていうのはな,あの藁束のことだよ」
倉庫の入り口に山積みになっている藁束の山を指さして,ヒューイは言った。
「・・・・あれが,ベッド・・・・?」
「ああ,奴はいつもあの中で寝てるんだよ」
「藁束の・・・・中で?」
マティは頭が痛くなった。


 「何で俺がこんなことしなくちゃならないんだよっ!!」
藁の山を掻き分けながらマティはぼやいた。
決して裕福な家ではなかったが,ハイスクールまで出してくれた両親。
その想いに応えようと,コルドン=モータースに入社して3ヶ月。
自分なりに一生懸命頑張ってきた挙げ句がこれかよ?
怒りを抑えきれずに藁束を蹴ると,“彼”が現れた。
「!?」
藁屑がからまった長い髪に無精髭,上半身は何も身につけていない上に素足のまま。
かろうじて作業用ズボンを履いているのがせめてもの救いか?
それにしても,こんなのがこの飛行場で一番の技師だという。
理解に苦しむ。
これでは馬小屋の馬や家畜と同じではないか!?
「と,ともかく今はこいつを・・・・」
気を取り直して,“種馬”を起こそうとすると,突然それは立ち上がった。
「うわぁっ!!!!」
マティは突然のことに驚いて無様にしりもちをついてしまった。
頭を掻きながら立ち上がったガストの上から下まで見渡して,マティは,
“こいつ,ホントに馬並だ!”
と思った。
だらしない猫背のガストではあったが,マティよりも頭2つは大きいように見えた。
「あぁ〜?何か用かマティ?
よく通るでかい声。
しかし,思ったほど低い声ではないのが意外だった。
そして何よりも,その体毛の美しさ。
藁屑が絡んではいたが,まるでビロードのような艶があった。
マティはつい口に出してしまった。
「・・・・・・何でこんな家畜みたいな格好してんのに,こんなにきれいな毛をしてるんだ?
言ってしまってから,マティはしまった,と思った。
こんなのに殴られでもしたら,ひとたまりもないのは明らかだった。
が,予想に反し,自分の毛色を褒められてガストは上機嫌のようだった。
マティの正面に経ち,右手をマティの背中に絡ませて引き寄せる。
「うわっ!?」
マティはガストに抱かれる形になってしまった。
とてつもない恐怖を感じながらも,肩越しに見えるガストの金色の髪を見て,
“なんてきれいな髪なんだろう・・・・・・”
と思ってしまった。
それを察したのか,
「なんで俺の体毛がきれいなのかって? そりゃあな,毎日風呂に入っているからだよ」
「ふ・・・・風呂に毎日ィ?」
マティは信じられなかった。

 基本的に,彼らの生活概念の中には“入浴”というものはない。
日常生活に置いては,2,3日に一度,蒸したタオルで体毛を拭きあげるのが一般的である。
しかし,どうしても必要に迫られ,2,3ヶ月に一度は全身が濡れるという苦痛を味わうことになるが,入浴をし全身の汚れを落とすのである。

「それを,毎日だと?」
「そうだよ,気持ちいいぜ」
「あ,あんた。おかしいよ。大体,毎日そんなことしていたら毛艶がなくなってしまうじゃないか?拭きあげるのだって面倒だし!」
「そりゃあ,お前らの洗い方が悪いからだよ。ちゃんと手入れしてやればこの通りだぜ。それにな,濡れた体を拭いてもらうのって,気持ちいいんだぜ〜!」
「拭いてもらう・・・・って?」
「馬鹿か,お前? 彼女に拭いてもらうに決まってるだろうが!!」
マティは頭痛の上に目眩がしてきた。
毎日毎日藁束の中で家畜同然の生活をして体を汚し,毎日湯船の中に体を沈め,毎日彼女に体を拭かせる?
「こいつもこいつの彼女とやらも狂っている!」
マティはこめかみを押さえながら呟いた。
「お湯の中に体を沈めてなぁ,こうプカプカと浮かぶ感覚がたまんねぇんだよなあ!!」
ガストは高笑いをしながら,マティの背中を扇子のような巨大な手で叩き,どこかへと行ってしまった。
ガストに叩かれ,つんのめってしまったマティが再び立ち上がったときには,ガストの姿はもう見えなくなっていた。
「・・・・・・あ?」
マティはデュランに言われた用を思い出し,再びガストの姿を探し始めたが,
「ここの連中はみんな狂っていやがる。特にあいつだ,ガスト? 理解できるわけないだろ,あんな奴。毎日風呂だと? あいつの神経どうかしちまってるんじゃないのか? 彼女だぁ? あんな種馬野郎のどこがいいんだぁ,ああ?・・・・・・・・」
と,いつまでもいつまでも愚痴っていた。



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