Gust-KP (ガスト ケイプ)
 #The Intermission
Side.2 “The afternoon”
 月曜日の午後。
ガストは“コルドン=モータース”へ向かう。
この会社に顧問として招かれて,既に数年。
“顧問”と言えば聞こえがいいが,週一で雇われたコルドンの技術屋である。
コルドンで作られる試作品や製品の,主にエンジン回りをチェックをするのが彼の役目である。
(ガストのことを心底毛嫌いしているマティは,この会社からマック=ペインの飛行場に出向してきているのである)
週に一度,それも半日だけの仕事とはいえ,結構な収入になった。
金を貯め込んで,何をしようというわけではなかったが,週に何回かの彼女との食事の心配をすることがなかったのは幸福だと思う。

 いつもの月曜日と変わらないはずであったが,その日は違っていた。
工場へ行くと,身なりのいい若い男がコルドンの技師達と開発中のエンジンを囲んで話をしているのが見えた。
黒い体毛に,目の下の三本の斑が印象的な目つきの鋭い男だった。
その男の放つ香りにガストは覚えがあった。

 工場長が黒い男に一通り説明を終えると,
「後はこちらのケイプさんにお聞き下さい。我が社の技術顧問をやっていただいております」
そういい残して,他の技師達とともに,それぞれの仕事へ戻っていった。
面倒な仕事は全てガストに任せてしまおうというのが彼らである。
毎日朝から晩まで働かされている自分たちと,週に一度だけ来ては好き勝手やっていくガストを並べてみれば,そう思ってしまうのが普通の人々である。

 黒い男はガストを紹介されると,ガストの方に右手を差しのべ,
「初めまして,ケイプさん。私はザカー。トップ=モータースの開発部の者です,よろしく」
と,自己紹介をした。
ガストは,
「ああ,こっちこそよろしくな。俺はここで何でも屋をやらされているガスト=ケイプだ」
と言って,ザカーの手を握り返した。
“この手の感触,間違いねぇなぁ〜”

 「では,ケイプさん。早速ですが2,3お聞きしたいことが・・・・・・」
仕事の話を切り出すザカーを無視するようにガストが言葉を割り込ませた。
「ザカー,アンタさぁ・・・・・・」
「はい?」
「マクシミリアン=アル=ベインの息子だろ?」
「えっ? な,何が?」
ザカーが動揺するのが分かった。
「マックスは自分にゃあ血の繋がった子供はいねぇ,と言ってたけど,やっぱ嘘だったんか? 隠し子ってやつか」
「き,君。失礼だぞ。突然何を言い出すんだ?」
ザカーはガストの袖をつかむと工場の隅へと引っ張っていった。
“まるでバレバレじゃねぇか。目つきは鋭いけど,こいつ結構小心者だな”,とガストは思った。
「た,確かに私はベイン家の者だが,私の父は“マクシミリアン=エル=ベイン”。アルの家とは・・・・」
公の場でそのような話は困るというように,ザカーは小声で耳打ちした。
「グリーン・レフトのエル家か?・・・・・・違う。違うだろォ? 別に隠すようなことでもねぇだろう?」
「ケイプさん,私はここに仕事の話をしに来たのであって,プライベートな・・・・・・」
相手の話に耳を貸すことなど全くせず,ガストはまるで独り言のように勝手に話し続けた。
「大方,マックスがヘレンさんとの結婚前に,メイドにでも産ませた子なんだろ?だからエル家に養子に出された・・・・か?エルの家に嫡男が生まれたという話は聞いたことがねぇしな」
・・・・ザカーは驚きの色を隠せなかった。
「ど・・・・どうしてそれを?」
「図星かァ?・・・・アンタはマックスと同じ匂いがするのさ!」

 “初対面でいきなり自分の素性を見抜いてしまうとは。ずけずけとものを言うこの男,一体何者なのだろうか?”
ザカー=ベインは目の前の大男に怒りと恐怖と不安を感じていた。

ザカーが心を開き,ガストと親友になるのはもう少し先の話・・・・・・。



 水曜日と金曜日の午後。
ガストは講師として大学で教鞭をとる。
“教鞭をとる”と言えば聞こえがいいが,やっていることは学生達にエンジンを解体させ,組立させ,再び動くようにさせること。
要するに,“自分でやって,自分で考えろ”方式である。
学生達が考えに詰まると,適当なところでアドバイスをするのである。

 「ケイプ先生。ちょっとお聞きしてもいいですか?」
名ばかりの“講義”も終わり,学生達と“後始末”をしているときに,この春に入ったばかりの若い学生,エレドアが口を開いた。
「あぁ〜ん,何だ?」
気のない返事。
講義台に腰掛け,煙草に火をつける・・・・・・ガストである。
そんな大学の“講師先生”を見て,
“何でこんな人が大学で講義してるんだろう?”
と,エレドアは思った。
“こんないいかげんな人がいるから,大学はつまらない,と言われるんだ”
その一言を飲み込んで,嫌味にも似た別の言葉を吐き出す。
「あの,何で先生はいつも講義中はその・・・・服を脱いで上半身裸なんです?始まる前はきちんと着込まれているのに」
年上の学生達が一瞬手を止め,苦笑していた。

「でもよぉ,実際ギャップありすぎですよ,ケイプ先生。始まるときは背広にネクタイ,終わるときには裸足にズボン一丁じゃあね」
「そりゃそうだ!」
ガストよりも4,5年若いだけの学生達は口々にそんなことを言いながら笑っていた。
年下の者に笑い者にされながらも,ガストは全く気にとめる様子はなかった。
「仕方ねぇだろう?」
ガストは講義台から降りると,煙草をくわえたまま若いエレドアの方に歩み,後ろに回ると,エレドアの左肩に顎を載せ,右肩に手を回して抱きつく格好になった。
「ひぃッ!」
エレドアは何をされるのかと体を硬直させた。
その様子を見て,周りにいる連中が,ますます馬鹿笑いをする。
「俺だってこんな窮屈なモノ着たくはないんだけどさぁ・・・・」
傍らに投げ捨ててある背広を,まるで汚物でも扱うかのような手つきでつまみ上げる。
「この格好で町中歩くとヤードが追いかけてくるし,構内じゃ教授連中が嫌がるしよぉ。このまんまじゃ仕事さしてくれねぇからなあ」
「で,でしょうねぇ? 裸でモノ教える先生なんて会ったことないですし・・・・」
エレドアはますます体を固くした。
「何を食って,何を着るのか,いつトイレに行って,いつ風呂にはいるのか?・・・・それをするためには俺みたいな奴でも多少の経済感覚ってヤツを養って,蓄えをしていかなくちゃあいけないわけよ。・・・・・・窮屈な服を着るという我慢を強いられるからこそ,それを脱いだときの幸福感にも浸れるわけだろ? 人が常に解放されていたとしたら,どうする?」
何を言われているのかも分からず,この状態から早く解放されたい一心でエレドアは口から思いつくまま言葉を吐き出した。
「常に自由であるというのは,幸せなことだと思いますが!」
「そうか?」
ガストは一瞬右腕に力を入れてエレドアを羽交い締めにし,すぐに腕を放して再び講義台に腰を下ろした。
「お前らはどう思うんだ?」
まわりで見ていた学生達にも問いかける。
学生達は手を止めるとガストの回りに集まってきた。
「自由な状態ってのは幸せか?」
再び問う。
一人の学生が口を開いた。
「俺は,人が常に自由であるということは幸せだと思うし,世の中そうあるべきだと思う。今のこの世を見れば,そう思えるよ」
何人かの学生がその言葉に頷く。
ガストは一同を見渡すと言葉を返した。
静かに,語りかけるように。
「そうだよなぁ。だけどな,人が常に自由であるということは,解放されているということは,それはそれで不幸だと俺は思う」
「どういうことです?」
「人が自由に,幸福で,解放された状態が続けばどうなると思う?」
「楽しいじゃないっスか?」
別の学生が言葉を返す。
他も学生達もそうだとばかりに顔を見合わせては頷き合う。
だが,回りのそんな様子もガストの目には入っていないようだった。
「そうだ。楽しみが永遠に続くということだ。楽しみが続くのであれば,人は常に新しい楽しみ事を探し続けなければならない。そういう状態を想像できるか?」
学生達は黙ってしまった。
「だが,俺を含めてお前達もそうじゃないだろう? 俺は社会人として,お前らは学生としての不自由さがあるからこそ,たまに食える美味いモンを楽しみにし,彼女とデートをする日を心待ちにし,暖かいベッドで寝られることを幸せと思うんだろう? 人生が常に自由で楽しみばかりだとしたら,人はいつ本当の楽しみを味わうことができるんだ?」

 エレドアは,ガストと学生達のそんな討論を聞きながら,何故ガストのような男がこの大学で講義をし,大勢の学生達がガストの回りに寄ってくるのかが分かってきたような気がした。
“ケイプ先生の講義そのものより,あの人と話すこと自体が楽しみなんだ”
そう思うと,無精髭を生やした野蛮人のようなこの男が,不思議と頼もしく思えてくるのだった。

 「でもよぉ・・・・」
“講義”も終わり,シャツを着ようとしていたガストに再び学生達が声を掛けた。
「ケイプ先生が我慢して服を着るのは,最初から裸だったら彼女と寝るときに,脱いだり脱がせたりする楽しみがなくなるからだろ?」
どっ,と笑いが起こった。
「そうだよ,分かってるんだったらお前らもさっさと帰れ! 俺はこれからデートなんだよっ!!」
親指を立てて,講義場を出ていくガストの背中を見送りながら,少し頭痛を覚えたエレドアは,
「やっぱりあの人は何を考えているのか分からない」
と,独り言を繰り返した。



 土曜日の午後。
午前中に大方の仕事を終えいてたガストは,ベッドで仮眠を取っていた。
“ベッドで仮眠”と言えば聞こえはいいが,実際にはいつものように,飛行場の格納庫入り口脇の藁束の中に転がっていたのだ。
 昼飯を終えた男達が次々と格納庫へ戻り,仕事を再開しようとしていた。
誰もが入り口脇に積まれた藁束の中からはみ出したガストの素足を見ては,
「しょうがねぇ奴だなあ〜」
「お気楽でいいよなぁ」
などと言葉を洩らしていく。
だが,そんな言葉を気にするガストではなかった。
自分に向けられる悪口は,人の悪意から出るものではなく,相手を羨む,嫉む心から発せられるものだとガストは思う。
だから気にしない。
人は人,自分には自分の生き方がある。
だからあえて自分から人の生き方に干渉しようとは思わない。

しかし・・・・・・

「ガストぉ? へっ,あいつが何だってんだ。ロクに仕事もしないでゴロゴロしているだけの穀潰しじゃねぇか?」

マティである。

 コルドン=モータースから出向してきて既に半年余り。
彼はガストがますます嫌いになっていた。
今日も仕事を終えると,ラウンジで仲間達相手に愚痴をこぼしていた。
「俺よりちょっと仕事ができるからってよ,何だい,あの態度は? あれは大人のやることじゃないね!」
アルコールが入っているわけでもないのに,まるで酔って愚痴を垂れているようだった。
「ベインさんもベインさんだ。何であんな男に好き勝手やらせているのかねぇ?」
そこまで言って,マティは周りにいる連中のただならない雰囲気に気が付いた。
皆,視線が自分を通り越して,後ろの方へと流れて行っていた。
“まさか?”
そう思って振り向くと,背中越しのテーブルに,ガストが座っているのが見えた。
「げっ,ガスト?」
しかし,ガストは振り向きもせず,マティを無視するかのようにコーヒーを啜った。
ガストのその態度に怒りを増させてしまったマティは勢いに乗ってしまった。
「へっ!本当のことを言われて返す言葉も無いってか? そうだよな。大体,お前みたいな奴が,我がコルドン=モータースに出入りしていること自体間違いなんだ。会社の連中は何も分かっちゃいないんだ。ベインさんだってそうだ。どうせお前が言葉巧みに騙して,ここに潜り込んだんだろうけどよぉ!」
一気にまくし立てたマティは,カップを口元に寄せたガストの右手が止まったことに気付かなかった。
「おい,マティ。いい加減にしておけ」
ヒューイ=ファードックがマティに忠言したが,マティは聞いてはいなかった。
「仕事だけじゃねぇ。奴の女だってそうだ。大体にして,男の職場に入り込んで,昼真っからヤルような女だ。ろくな女じゃねえな。ふ,どうせ奴にはお似合いだろうけどな? きっと今だってどっかで別の男と寝てるんじゃねぇのか!?
「マティ,やめろ!」
ヒューイが制する。
・・・・・・が。
先程まで黙ってマティの中傷を受けていたガストが,コーヒーカップを静かにテーブルに置くと,ゆっくりと立ち上がり,マティに向かって歩を進めた。
「何だよ,やるってのかよ? 俺は本当のことを言ったまでだ!」
そういいつつも,マティはファィティングポーズを取るのを忘れなかった。
「おい,ガスト! お前もだ。マティの言うことなんかいちいち気にするんじゃねぇよ!」
ヒューイが割って入ろうとしたが,
「駄目だ,こりゃあ。ガストの奴,完全にキレちまってやがる」
ヒューイのその言葉を聞いて,回りにいた連中が一斉に身を引いた。
ガストは黙ったままマティと鼻をつき合わすように立ちはだかったが,マティも既に退くに退けない状態だった。
「俺はなぁ,ハナっからお前のことが気に入らなかったんだよっ!!」
そう言って右手の拳をガストのみぞおち目がけて叩き込んだ。
ドスッ,と鈍い音がしたが,ガストがたじろぐ様子は見られなかった。
「このっ!!」
マティはもう一度拳を振り上げようとしたが,その腕はあッという間にガストに押さえられた。
マティが左腕を振り上げる間もなく,ガストは残った腕をマティの背中に回し,マティを引き寄せた。
右腕を押さえられたままガストに引き寄せられたマティの姿は,ガストとワルツを踊るような格好になった。
「ガスト,やめろぉっ!!」
ヒューイが叫んだが時既に遅かった。
ガストは更にマティを引き寄せると,恐怖でひきつったマティの口元に,自分の唇を重ね合わせた。
「!!」
そのまま刻が止まり,どれ程経っただろうか。
ガストが“唇”を離すと,マティはその場に力無く座り込んでしまった。
ガストは何事もなかったかのようにラウンジを出ると,外で煙草をふかし始めた。
慌ててガストの後を追ってヒューイが話しかける。
「・・・・ガ,ガスト? 何を・・・・?」
煙草を口から離し,濡れた唇を拭きながらつぶやく。
「・・・・怒りで我を忘れちまった・・・・」
その言葉を聞いて,ヒューイは肩を落とし,大きく溜息を付いた。
「・・・・お前,ホントにキレると,何しでかすか分かんねぇから怖いよな?」

 ヒューイがラウンジに戻ると,マティがあのままの姿で床に座り込んでいた。
回りで見ていた連中も,どうして良いのか分からない様子だった。
「マティ,大丈夫か?」
そっと声を掛ける。
「だからやめろ,って言っただろう? ガストはな,自分のことはともかく,ベインさんや彼女の悪口は絶対許せない奴なんだよ」
そう言ってマティを立たせた。
マティはまだ視点が定まらず,呆然とした様子だったが,自分の体を支えてくれているのがヒューイだと認めると,やっと口を開いた。
「あいつ・・・・舌入れてきやがった・・・・」
ヒューイは,マティが勃ってしまっていたのに気付いてしまった。

 騒ぎが収まって,ヒューイがラウンジを出ると,まだガストが煙草を吹かしていた。
“男が男を抱いてどうする? 怒りに我を忘れたら,普通,暴力に訴えるモンだろうに”
そんなことを思いながらガストに声を掛けようとすると,急にガストがかがみ込んだ。
「?・・・・どうした,ガスト?」
ガストはヒューイの方に顔を向けると,マティに殴られたみぞおちをさすりながら立ち上がった。
「腹が痛くなってきた・・・・・・」
ヒューイは改めて,“ガストは理解しがたい奴だ”と思った。



 日曜日の午後。
ガストは本物のベッドの上で目を覚ました。
夜明け前まで一緒にいたはずの彼女の姿が見えず,あたりを見渡すと,台所で彼女が遅い“朝食”を作ってくれているのが見えた。
ガストは自分が体に何もつけていないことに気付いたが,特に恥ずかしさを覚えるわけでもなく,生まれたままの姿で台所へ行くと,彼女の腰に後ろから手を回し,「おはよう」のキスをした。
こんなゆったりとした時間を自分が持てることは幸せだと思った。
“ゆったりとした時間”と言えば聞こえはいいが,実際には夕べからずっと彼女と一緒だったので,単に寝坊をしただけだった。
朝方まで彼女とかなり騒がしくしたので,近所の住人達は迷惑したかもしれない。
しかし,ガストにとってそんなことはどうでも良かった。

 “朝食”を終えた頃には,太陽は既に頭の上を通り過ぎていた。
「あ〜,遅刻なんてモンじゃないな,こりゃ・・・・・・」
今日は仕事に行く気はとうに失せていた・・・・・・。
朝食の後片付けをしようとする彼女を制すると,再び二人でベッドに潜り込んだ。

 近所の住人達が,また迷惑することになるであろうことは明らかだった。



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