Tommy-L-Lieder (トミィ L リィダー)
 #1.俺はを認めない

夜空に いつもの星が見えない
ポケットに破れた地図をつめ込んで・・・・・・


死ぬことは悪くない。
死ぬことは怖くない。
幼い頃からずっと母にそう教えられてきた。

死ぬことは悪くない。
死ぬことは怖くない。
・・・・・・・・・・・・・だが!
「今はまだ死にたくねえっ,こんなところで死んでたまるかっ!」
トミィはコントロールを失った機体を立て直そうと,必死に操縦桿を引いた。
死ぬときは空の上で・・・・・・そう決めてはいたものの,今はまだ死にたくない。
エンジンからは黒い煙が吹き出し,プロペラは既に回転することをやめていた。
機体はきりもみしながらどんどん地表に近づいていく。
「糞っ!ジェームス,俺はまだお前のところに行くわけにはいかねえんだっ!」
悪あがきをするように右に左に操縦桿を倒すが,フラップももう動かなくなっていた。
(俺もアレンビーのようになるのか?)
トミィは恐怖した。
そしてそのまま意識を失った。


トミィは夢を見ていた。
アレンビーやケネス達と毎日馬鹿騒ぎしていた頃を。
夢を語り合っていた頃を・・・・・・。
毎日空を舞い,誰もが自分を認めていた。
馬鹿な貴族達も自らの満足のために俺に投資した。
自分のやりたいことを続けられる毎日。
それでも心が満たされることはなかった。

トミィは夜空を見上げるのが好きだった。
幼い頃,よく姉と一緒に星を眺めたものだった。
星を眺めながら,姉は星の物語をトミィに聞かせてくれた。
今でも忘れていない・・・・・・。
しかし,もう今はあの星空は見えない。
時の流れと共に,大人になるに従って,目に見えるものが満たされていく度に心が荒んでいくようだった。
「あいつが居るから・・・・!」
ジェームス=ハドソン。
この飛行場の責任者であるマック=ベインが先日新しく雇い入れたエンジニア。
トミィは彼の存在が許せなかった。
ベインのオフィスで偶然観てしまったジェームスの経歴。
・・・・・・奴は,貴族の血をひいている。
奴はあいつらと同類だ。
だから,許せない,認められない。

それでもトミィは自分を抑え,彼と関わりを持たないよう心掛けた。
だが,彼が自分の機を整備する担当になると,嫌でも毎日顔を合わさなければならなくなった。
言葉を交わさずにいられなくなった。
平静を保とうとすればするほど,自分の中に抑え切れぬ想いが溜まっていくのが分かった。
いつも自分だけは汚れていない,自分だけは正しいことをしている・・・・そんな顔をして仕事をしているジェームスに対して,憎しみを覚えずにいられなかった。
貴族の連中は汚い。
貴族の連中は卑怯だ。
貴族の連中は卑しい。
貴族の連中は皆ブタだ。
自らの私利私欲のためだけに生きている。
奴らが俺に投資するのも結局は自分の満足のためだけだ。
奴らがいなければ,姉だって・・・・・・・。
だから許せない。
だから認めない。
だから俺は・・・・・・。
「ジェームス,雑種の分際で口答えするんじゃねえよっ!」
思い切り,ジェームスの横面を殴りつける。
「何だよ,俺が何をしたって言うんだ?」
ジェームス,てめえは自分は何もしていないというような目をしてやがる。
何をしただと?
貴様ら貴族の血の者は要らねえんだよっ!
「馬鹿にするんじゃねぇぞ!」
転がったジェームスの脇腹に蹴りを入れる。
「俺は貴様が気にいらねぇ!」
そう言ってさらにジェームスを蹴りつける。
ジェームスはしばらく脇腹を抱えたまま転がっていたが,ふいに起き上がるとトミィに殴りかかってきた。
貴様のような奴が,抵抗するっていうのか?
貴様らさえいなければ!
視線が定まらない。
自分は何をやっているのだろう?
ジェームスを殴る度に,トミィは自分が壊れていくのが分かった。
ボロ雑巾のようになって倒れているジェームスを見つめながら,トミィは自分の怒りと憎しみと悲しみを,ジェームスにぶつけているだけなのが分かった。
だが,もう後戻りはできなかった。
俺は狂っている。
俺は壊れている。
俺は奴らと同じだ。
俺が一番おかしくなっているんだ。
誰か俺を助けてくれ!
誰か俺を止めてくれ!
ジェームス・・・・・・。
お前さえいなければ。
お前が俺の前に現れさえしなければ。
お前が奴らの血の者でさえなければ。
「何でお前は俺の目の前にいるんだっ?俺はてめぇを許さねぇ!・・・・・・雑種のくせに,俺は,許さねぇっ!」
怒りと憎しみが勝り,そんな言葉が口から吐き出される。
このまま堕ちていくのか?
人を憎み,人を欺き,自分を偽りながら生きて行くよりも,その方がいいのかもしれない。
だから,俺の怒りと憎しみと悲しみを,ぶつけさせてもらう!
貴族さえいなければ。
俺達があんな生まれ方をしなければ。
貴様が俺の前に現れさえしなければ,忘れたままでいられたかもしれなかったのに。
・・・・誰が俺の悲しみを,悔しさを分かってくれるというのだろう?


自分は泣いていたのか・・・・・・?
目を覚ましたトミィは自分が涙を流しているのが分かった。
「・・・・?」
体が動かない。
ようやっと首を回してあたりを見渡すと,ここが病室のようであることが分かった。
(そうだ・・・・俺は・・・・まだ生きているのか・・・・・・)
ようやく事の流れを理解し,ゆっくり目を閉じると,また涙があふれてきた。

もう,ジェームスもアレンビーも彼のそばにはいなかった。


夜空に いつもの星が見えない
ポケットに破れた地図をつめ込んで
僕の目は どこへ行く
真夜中の 風に乗って・・・・・・


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