Tommy-L-Lieder (トミィ L リィダー)
 #2.俺は奴らを許さない

街の灯りがつきはじめて
誰もが家路につき始める・・・・・・

Side.1

黄昏時。
西の空は紅く滲んでいたが,東側の空は既に闇に包まれ始めていた。
目の前に広がる天井の板の木目。
薄暗くなってきた病室の中に,たった一人で横たわっていると,自分がどんどん終わりのない闇の中に堕ちていくような気になってしまう。
一人で居ることが辛いのではない。
このまま空を翔べなくなってしまうのではないか?
その思いが辛いのである。
・・・・・・俺は,どうなってしまうんだろう?
トミィは無事に残った右目をそっと閉じた。
・・・・・・闇
そして,夢・・・・・・


「何で星ってあんなに光り輝くんだろうね?」
中庭にある花壇の縁石に腰掛け,夜空を仰ぎながらトミィは傍らにたたずむ姉に尋ねた。
先日14歳の誕生日を迎えた姉は,まだ12歳にもならない弟のトミィから見ても,美しかった。
「そうねえ・・・・私も良くは知らないんだけど,昼間出ている太陽みたいに,ずっと遠くで光っている別の太陽だ,と言う人もいるし,あれは1つの星じゃなくて,たくさんの太陽のような星が集まったものだ・・・・と言う人もいるわ」
「・・・・・・へぇ・・・・・・」
言われている意味は良く分からなかったが,姉に聞き返すのも気恥ずかしく,トミィは曖昧な返事をした。
生まれたときから,この屋敷と庭の中の他は殆ど知らずに育ったトミィは,姉が話してくれるいろいろな話を聞くのが好きだった。
季節のこと,植物のこと,動物のこと,音楽のこと,他の町のこと・・・・・・。
だが,その姉も,トミィ同様この屋敷の外へ出ることなど殆どできなかった。
姉から話を聞く毎に,トミィはいつかこの屋敷を抜け出して,広い世界へ飛び出したいと思った。
”いつか,俺が大人になったら,こんな所・・・・!”
そんなトミィの思いは,突然の執事の声に遮られた。
「トミィ!そんなところで何をしているっ?馬に餌をやって,小屋の掃除をしとけと言われただろう?旦那様は明日は早くにお出かけになるのだぞ!」
「え?はいっ,すみません。すぐやります!」
トミィは姉にお休みの挨拶をすることもできず,馬小屋へと走った。
”いつか抜け出してやる。こんな所・・・・貴族の奴らにこき使われるだけの生活なんて!いつか終わらせてやる!”

トミィ姉弟の母は,彼女が幼い頃からこの屋敷で働かされていた。
何故そうだったのか?
それは彼女自身も分からなかった。
おそらくは,彼女の娘,息子達がそうであるように,彼女の母もここで働かされていたのであろう。
同じ毎日の繰り返し。
同じ仕事の繰り返し。
だが,そんな生活に疑問など持たなかった。
それが彼女の人生そのものだったから。
彼女だけではない。
屋敷で働いている者,みんながそうだった。
・・・・・・やがて,彼女はトミィ姉弟を産んだ。
それでも生活が変わることはなかった。
同じ毎日の繰り返し。
同じ仕事の繰り返し。
無気力に生きていたわけではない。
ただ,日々を重ねることに必死なだけだったのだ。
それでも,子ども達には豊かな心を持っていて欲しいと,愛情を注いだ。
”父親”というモノの存在に触れることだけを除いて・・・・・・。

やがてトミィは14になり,彼の母や姉の背を越すほどになった。
いつかここを出て,自由に生きたいという野心を抱えながらも,彼はよく働いていた。
それが目に留まったのかどうかは定かではないが,トミィは屋敷の主の弟に気に入られていた。
彼は貴族とは思えないほど大らかで,庶民的で,トミィに何でも教えてくれた。
暇を見つけては読み書きや計算の仕方まで教えてくれた。
トミィが本に興味を持つと,彼は自分の書棚からトミィの興味のありそうな本を見つけてきては,貸してくれた。
それは,自分は長男ではない,家を継ぐことはできないという諦めからくる現実逃避だったのかもしれない。
しかし,そのおかげで,トミィは使用人にもかかわらず,同じ年代の子供以上に知識を得,好奇心,想像力を高めてくれた。
・・・・・・そんなある晩,トミィはなかなか寝付くことができず,屋敷の庭を一人散歩していた。
ふと屋敷の窓を見ると,主の部屋の窓に明かりが灯っているのが見えた。
こんな時間まで主が起きているのはあまりないことだった。
いくつか離れた窓にも明かりが灯っていた。
そこは主の弟の部屋だった。
彼は遅くまで起きていて,本を読んでいることが多かった。
トミィは,また何か新しい本を借りようと,屋敷の裏口から中へ入った。
これが初めてではない。
トミィは今までに何度も夜中に主の弟の部屋へ招き入れられては,本を借りたり,世の中の話を聞かせてもらっていた。
・・・・・・トミィが主の部屋の前にさしかかると,ふいに扉が開き,中から見覚えのある女性が出てくるのが見えた。
何故主の部屋から?
その疑問が口から漏れてしまった。
「姉さん?」
トミィの姉は,名を呼ばれ,一瞬硬直したようだった。
ゆっくりと振り向くと,相手が自分の弟だったことに驚きの色を隠せないようだった。
「トミィ・・・・・・!」
姉のその顔が,苦痛に歪んでいることを,トミィは見てしまった。

トミィの姉は,その表情を見られまいとして,うつむいたままトミィの脇をすり抜けて走っていった。
すれ違いざまに,トミィは何が起こったのかを一瞬で悟ってしまった。
微かではあったが姉の体からは,館の主がいつも吸っている煙草の臭いがした。
そして・・・・・・男の体液の匂いも・・・・・・。
トミィは,それがどういうことであるのか,解らない歳ではなかった。

だから,姉の身に起きたことも,その後,姉が選んだ道も,トミィにとっては悪夢だった・・・・・・。