Side.2

姉が死んだ。
16年という短い時間を生きて,自分で選択した道。
屋敷の庭の隅にある大きな樹の枝にぶら下がった”それ”に,あの優しい姉の笑顔は無かった。
苦痛と失望と無念に歪んだ顔。
・・・・・・優しい姉だった。
だから,涙が止まらなかった。
そして・・・・母が狂った。
姉が自ら命を絶ったことが引き金になったのだろうか?
姉が逝ってから,母の中で何かが壊れ,そして,何日もたたずに母も逝ってしまった。
自らの血で真っ赤に染まったバスタブの中に頭を突っ込む形で,母は逝っていた。
トミィは,愛しい人を,母と姉の二人を一度に失った。

館の主の部屋へ,寝室へ行くこと。
考えてみれば,それも仕事なのかもしれなかった。
この館に住まわされているメイドの何人かが,そういう仕事もさせられているという噂は聞いていた。
誰も口にはしなかったが,周知の事実だった。
そして,主には病的な性癖があることも。
だからといって,何故二人は自ら命を絶たなければならなかったのか?
その疑問はトミィの胸の中から消えることはなかった。
そして,その思いは日に日に大きくなるとともに,主に対しての憎悪も増していった。

「トミィ,旦那様が大事な話があるそうだから,今夜部屋へ来るようにとのことだ」
「話?」
「私に分かろうはずがないだろう。いいからお前は言われたとおりにすればよいのだ」
馬小屋で馬にブラシをかけていたトミィに,執事はそれだけ言うと,去っていった。
”どういうことだ?まさか今更姉さん達のことで詫びをしようってんじゃあるまい?”
そんな思いに駆られていると,いつの間にか主の弟が馬小屋の入り口に立っていた。
「!?」
「トミィ,兄に呼ばれたのか?」
「ええ・・・・・・」
トミィは顔を上げず,仕事を続けた。
母と姉のことがあってから,トミィは無口になっていた。
主の弟の部屋にも出入りしなくなっていた。
「トミィ,気をつけろよ。兄には異常な癖があるのだ。つまり・・・・・・」
「どうして俺にそういうことを教えてくれるんです?」
「・・・・・・!何故かな?私にもよくは分からんが,お前には兄の悪戯に取り込まれて欲しくないな・・・・」
「悪戯・・・・・・ね」
主の弟は,しばらく小屋の入り口で躊躇していたようだが,ぐっとトミィの方へ進み出ると,トミィと顔をつき合わせるようにして言った。
「トミィ・・・・お前はお前達の父親が誰なのか知っているか?」

”父親”・・・・!
今まで考えたこともなかった・・・・いや,考えないようにしていた。
母も話してはくれなかったし,話そうともしなかった。
それ以前に,ここで暮らしていく上で,そのようなモノの存在は必要ではなかったから。
しかし・・・・・・!
「親父・・・・?それが姉さん達の自殺と関係があるんですか?」
「そうか・・・・知らないんだな?なら,自分で確かめてみるといい。聞いてみるといい」
それだけ言うと,主の弟は馬小屋を出ていった。
後には苛立ちだけが残った。
何故大人ははっきりとモノを言えないのだろうか?
いつも歯にモノをかぶせたような言い方をする。
全てを知っているくせに,その断片だけを投げかけて楽しんでいる。
大人は・・・・汚い!
そして貴族のブタ共はもっと汚い。
金にモノをいわせて,自らの欲求だけを満たそうとしている。
病的な悪戯だと?
狂っている。
俺達は貴様らの排泄のための道具じゃないっ!
その上に・・・・・・。
”親父だと?それが何だっていうんだ?・・・・・・姉さん!”
だが,トミィとていつまでもこのままでいるつもりはなかった。
主の直々の呼び出しだというなら,奴に取り入り,奴を利用して富を得,自由をつかむのも手だと思った。
「一生こんな所で馬番などして終わるものかよ!」
その日の夕日は,血のように赤かった・・・・・・。