James-T-Hudson(ジェームス T ハドソン)
 #2.い空の下で

紅い空に抱かれて,今日もまた・・・・・・


もう,涙も流れなかった。
(昔,学生時代に寮の連中にもよくやられたっけな)
壁の隙間から差し込む陽の光の帯に舞う埃を見つめ,寝転がったまま,ジェームスはそんなことを思い出した。

「生意気なんだよ。雑種のくせに,それでいて優等生か?なめんじゃねえよっ!」
そう言って,いつも誰かが絡んできた。
・・・・・・何故だ?
俺が何をした。お前らが言う雑種だからこそ,俺は努力してきた。
1人で生きていくために。
母との約束を守るために。
強くなるために。
優等生だ?俺が?違う。
お前らより努力しているからだ。
お前らが努力してないだけだ。
そんな貴様らが,俺を非難するというのか?雑種というだけで・・・・・・
だから怒りに任せて言葉を返す。
「なめる?・・・・・・まさか?仕方ないだろ?事実なんだからな!」
「何いっ?」
「ジェームス,貴様ァ!」
そして拳が混じり合う。
勝負にもならないと元から分かっているのに。
だから1人になると,痛みとも,後悔とも,虚しさとも分からぬ涙を流した。
紅い空の下で・・・・・・。
(何故俺は生まれてきたんだろう?)

『俺はてめぇを許さねぇ!・・・・・・雑種のくせに,俺は,許さねぇ!』
トミィの言葉が頭をよぎる。
(初めてだ・・・・奴が俺を雑種と呼んだのは?
許さない?俺が雑種だから?何故だ?・・・・・・何を?)

”雑種”,それがジェームスの上に押された烙印。
それは本人の意思の外にある,時代が,社会が生み出した”彼ら”への宿命。
18世紀に始まった産業革命は,近代において最盛期を迎え,急激な経済社会の成長は,人々に一時の快楽をもたらすこととなった。
そして現代・・・・・・。
それは社会に新たな変革をもたらした。
資本の集中。一握りの貴族,政治家,そして,莫大な富を得た資産家達。
時代は彼らの為だけに賛美歌を奏でていた。
機械文明の発展は,陽の光を遮る白と黒の煙の街に,生きる糧を求めて彷徨う男達を,月の光が照らす街に,生きるために毎夜辱めを受ける女達をも生み出した。
生きるために・・・・・・故に人々は思う。
『我々は,何故生きているのだろう?』
その疑問に答えをもたらしてくれるものは無かった。
誰も答えを求めた。
やがて,その疑問は憎悪となって社会の支配階級に向けられた。
・・・・・・しかし,それは押さえ切れぬ,やりきれぬ想いを解き放してはくれなかった。
それ故に,想いは彼ら自身が新たなる支配,差別を産むに至った。
己よりも能力・財力の劣る者,社会的地位の低い者に対しての偏見・差別を作り出すことによって,見い出せぬ答えへの苛立ちを消そうとした。
そして,それを受ける人々の中に”雑種”と呼ばれる者達があった。
彼らの多くは親(殆どの場合が父親)の分からない,私生児であった。

ジェームスの母親,即ち,ハドソン卿の娘は社交界へ出てまだ間もない娘ではあったが,全身よりにじみ出されるその美しさは,誰の心もとらえずにはおかなかった。
ことに,若い男達の・・・・・・。
誰もが彼女の心を捕らえようとした。
誰もが彼女の全てを欲した。
「私を?思い上がりを!紳士たる者が恥を知りなさいっ!!」
その気高く美しき全てを。
「だからこそ貴女に惹かれるんだよ!」
だからこそ手に入れたい。
だからこそ支配したい。
しなやかで透き通るような,そして誇り高き彼女の心を踏みにじり,その美しい顔が男の手の中で傷つき,苦しむ様を見てみたい。
誰もが・・・・・・そう思った。
だからそれは必然だった。

ジェームス=ハドソン。
彼はそのようにして生まれた子供だった。

壁の隙間から差し込む陽の光が赤みを帯びていた。
光を受けて,頭の上に広がる翼が紅く輝く。
(明日は,空に上がろう)
トミィ達との騒ぎの後からずっとここに転がったまま,ジェームスはそんなことを考えていた。
(空に上がれば,きっと忘れることができる)

紅い空に抱かれて,もう一度傷ついた翼を広げて・・・・・・・・。


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